2017年03月30日
1507.主基斎田址公園
鴨川市北小町の主基斎田址公園。
公園といっても、石碑の周りを取り囲んだだけの土地です。
4689)田んぼの中にぽつんと主基斎田址公園
田んぼに水が張られはじめていました。
4690)中央の石柱
4691)明治天皇大誉祭御斎田主基之地の石碑
後ろに回ったつもりが、こちらが正面のようでした。
4692)お米の形をした日本の米づくり百選の石碑
4693)説明板
『明治四年、明治天皇の御即位大誉祭にあたり、主基殿に奉献される新穀の斎田の地として、長狭郡北小町村字仲ノ坪がト定されました。
主基斎田は現在、鴨川市北小町千八百五十三番地他五筆およそ六十アールで、当時はこの隣地に八神殿、稲実殿、幕社、御備所がたてられ、花房藩の役人が番屋で警備したほどであったと伝えられています。
以来、十年目毎に斎田址において記念祭が行われてきましたが、昭和五十五年の明治神宮の鎮座六十年の大祭を機会に、毎年主基斎田の初穂と、斎田より収穫の新米で醸造した神酒「白酒」が明治神宮に奉献されています。
現在主基の地名は、小学校に名を残すのみとなっていますが、主基斎田に因み名付けられた旧主基村は、模範村として、また長狭米の産地として広く知られています。』
4694)
公園といっても、石碑の周りを取り囲んだだけの土地です。
4689)田んぼの中にぽつんと主基斎田址公園
田んぼに水が張られはじめていました。
4690)中央の石柱
4691)明治天皇大誉祭御斎田主基之地の石碑
後ろに回ったつもりが、こちらが正面のようでした。
4692)お米の形をした日本の米づくり百選の石碑
4693)説明板
『明治四年、明治天皇の御即位大誉祭にあたり、主基殿に奉献される新穀の斎田の地として、長狭郡北小町村字仲ノ坪がト定されました。
主基斎田は現在、鴨川市北小町千八百五十三番地他五筆およそ六十アールで、当時はこの隣地に八神殿、稲実殿、幕社、御備所がたてられ、花房藩の役人が番屋で警備したほどであったと伝えられています。
以来、十年目毎に斎田址において記念祭が行われてきましたが、昭和五十五年の明治神宮の鎮座六十年の大祭を機会に、毎年主基斎田の初穂と、斎田より収穫の新米で醸造した神酒「白酒」が明治神宮に奉献されています。
現在主基の地名は、小学校に名を残すのみとなっていますが、主基斎田に因み名付けられた旧主基村は、模範村として、また長狭米の産地として広く知られています。』
4694)