印西市

2017年04月18日

1515.印西市大森の中ノ口浅間神社

印西市大森地区の後庵山にある中ノ口浅間神社。

道路を作るため半分削ってしまった山が目立ちます。

4734)説明看板によると大森地区後庵山となっています
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4736)登ってみました
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けっこう見晴らしがいい。

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4741)スズメバチ見つけてしまいました。
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口が動いていたので生きてます。もうすぐ活動を始めるのでしょうか。夏はコレが怖いです。




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2016年12月14日

1461.道作古墳

印西市の道作古墳群

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ここは公園のように整備されていました。

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2016年12月12日

1460.泉新田大木戸野馬堀遺跡

印西市にある泉新田大木戸野馬堀遺跡。

このあたりは大規模開発が進み、新しい道路がどんどん出来あがって、なかなか行きたい場所にたどり着けずに周辺をぐるぐる回ってしまいました。
高齢者ドライバーが反対車線を走ってしまう失敗も分からなくもない。

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北総地域にでは、野馬追い土手とかよく聞くのだが、ここの野馬堀は見学用の駐車場が完備されている。
単なる土手や溝を見学するために駐車場を整備して、「いったい誰が見学に来るというのだ?」と思いつつ、そこを見学する自分がいたのでした。

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野馬堀はフェンスに囲まれていて、門が閉ざされています。
鍵はかかっておらず、自分で開けて中に入って、出るときは自分で閉めることになっています。

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土手が2列あって、その間が溝になっています。

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2016年02月16日

1330.印西市立印旛歴史民俗資料館

印西市の印旛歴史民俗資料館。
印西市と合併する前の印旛村のころからあったものです。

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2015年05月16日

1236.結縁寺と頼政伝説

印西市の結縁寺周辺には源頼政にまつわる伝説が残されている。

3567)結縁寺
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3568)花井戸
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結縁寺前の池の畔に復元された井戸がある。

『晴天山結縁寺は、奈良時代初期に僧行基によって、創建されたと伝えられています。
朱雀天皇の頃真言僧がこの寺に住み、結縁潅頂(一般の人に仏縁を結ばせる儀式)を行ったのが結縁寺の名の起こりです。
また、晴天山とはよく晴れた天気の良い日に井戸をのぞくと水面にきれいな白蓮の花が咲いているのが見えたところから晴天山と名づけられ、この井戸が花井戸と呼ばれていました。
このたび、再び花井戸を復元しました。』

3569)熊野神社
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結縁寺のすぐ前の熊野神社の入口に入定塚があります。

3570)入定塚
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源頼政の遺徳を慕い訪ねてきた 伊勢の女性が入定したと伝えられる塚

そして少し離れたところに頼政塚があります。

3571)頼政塚
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『治承四年(一一八〇)四月、平家打倒に挑んだ源頼政は挙兵に失敗し五月二十五日宇治平等院の境内で自害したといわれています。この頼政の首を埋めた場所と伝えられているのが頼政塚です。
頼政は、死に際して家臣に「我が首を持ち東国へ向かっていけ。吾が止まらんと欲する処に行かば、首が重くなって動かなくなろう。そこに塚を築いて首を葬れ」と遺言したとされており、家臣たちは馬に乗って東国へ向かい急に首が重くなり歩けなくなったところと伝えられています。
家臣は住僧となり主の菩提を弔ったと言われています。
この塚には糸が供えられていますが、農作業で手首が痛くなった時に、この糸を巻きつけると不思議に治ると言われています。』



hobobousou at 23:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)