御宿町

2013年05月02日

960.御宿の最明寺

御宿の最明寺には御宿の名の由来となったとされる、北条時頼が宿をとった時に詠んだ歌の石碑がある。

2451)最明寺
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2452)
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2453)獅子頭、象鼻の彫刻(波の伊八作)
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2454)夫婦銀杏
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2455)時頼公歌碑
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「みやどせし そのときよりと ひととはゞ あじろのうみに ゆふかげのまつ」

「御宿(みやど)せし」 の部分から御宿(おんじゅく)と言われるようになったらしい。



hobobousou at 23:25|PermalinkComments(0)

2012年02月05日

821.ドン・ロドリゴ上陸地

メキシコ記念塔から少し離れたところ(曖昧な表現)にドン・ロドリゴ上陸地があります。
御宿町岩和田の田尻海岸です。
ちっちゃな海岸でなかなかの景勝地です。

1887)田尻海岸
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1888)
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海洋生物環境研究所というところに看板が立っています。

1889)
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看板には・・・
慶長14年(1609年)9月30日夜半、前フィリピン諸島長官ドン・ロドリゴ・デ・べラスコー一行を乗せたサンフランシスコ号がメキシコのアカプルコ港への帰還途中、岩和田の田尻沖で遭難(乗組員373名)。事件を知った村民(旧岩和田村)は総出で駆けつけ、救助活動にあたった。
 救助されたロドリゴ一行は、37日間を過ごした岩和田村に別れを告げ、大多喜経由で江戸へと出発することになり、駿府では将軍徳川家康に謁見している。
 その後、家康はロドリゴたちの帰国のため、舟を作らせ、慶長15年6月13日に浦賀を出航し、
その年の10月27日に、無事アカプルコに到着した。
・・・と書かれています。

この脇の細い道を歩いていきます。

1890)
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少し歩くと海に出ます。

車は路駐です。
車を止めた場所:北緯35°19′42″・東経140°23′53″


hobobousou at 16:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年02月04日

820.メキシコ記念塔の墨日交流400周年の彫刻 「抱擁」

1883)墨日交流400周年の彫刻
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以前にメキシコ記念塔に来た時にはなかったような気がする。
その時から存在していたけど見た目がアレだから写真に入れなかったのか?
それとも新しく設置されたのか?

彫刻の裏側に刻まれた文言によると・・・
嵐に遭遇したガレオン船サン・フランシスコ号が1609年9月30日この地へ漂着した。
岩和田の住民による人道的且つ決死の救助作業によってドン・ロドリーゴ・デ・ビベーロ・イ・アベルーサ
並びに316名が命を救われた。
メキシコ政府は墨日交流400周年に因みこの彫刻を御宿町に寄贈する。
2009年9月26日
・・・とある。

以前のメキシコ記念塔の写真は2008年だから、その時はなかったということですね。

遭難した人たちを女が体で温めたという話を聞いたことがある。
その話から男女が裸で抱き合ってる彫刻なんだと思う。
でも、ネットで調べてみると、太陽とか月とかを意味しているとか書かれていました。
どうみたってそんなものをイメージできるはずがない。
後付けみたいな意味合いよりも私の見解の方が的を得ているんじゃない?

天気もいいし、誰もいないし、いい場所です。

1884)すぐ下の魚市場方面
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1885)旗
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1886)白と青
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hobobousou at 16:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年04月22日

389.メキシコ記念塔

733
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734
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735 少し歩いたところから御宿海岸を見下ろす
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2007年02月12日

255 月の沙漠

509 御宿海岸町営駐車場入口
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510 月の沙漠記念館
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511 月の沙漠記念像
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「月の沙漠」(作詞:加藤まさを・作曲:佐々木すぐる)

月の沙漠を、はるばると、旅の駱駝がゆきました。



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